家系図作成の相談は家系図工房KIZUNA−大阪・梅田

魅了する和の美・匠の技法

この世に生を受けたことへの喜びと感謝。ご先祖から脈々と続く奇跡に近い出会いと運命の絆。
かけがえのない貴重な繋がりを後世に残す家系図。
弊社では貴重な御家の系図作成にあたり、厳選された素材でご要望にお応えしております。

美濃和紙、1000年以上の保存性と美しさ

約1300年前、美濃の国では既に和紙が作られ「美濃紙」と呼ばれていました。「楮」「三椏」「雁皮」が和紙の原料ですが、「楮」は高級な障子紙に使われ、「三椏」はお札に使われました。
現存する美濃和紙として年代のはっきりしている最古の紙は奈良の正倉院に残る大宝2年(西暦702年)の戸籍用紙です。和紙は仏教の伝来と普及に伴い、贈答・献上品としても普及する事となりました。やがて美濃紙は江戸幕府御用達ともなります。

明治時代に始まった戸籍制度。現在でも当時の除籍謄本を取り寄せますと美濃紙に墨で記載されているのが確認出来ます。



越前漆器、1500年の奥深い美しさ

「うるし」という言葉はかつて「潤夜」「潤美」の字があてられました。
6世紀末期 片山集落の塗師(現在の福井県鯖江市片山町)が第26代継体天皇に献上した「お椀」の見事さから漆器作りを奨励されたことから始まります。

「漆かき」とは漆の木にかき傷をつけながら漆液を採集する職人です。最盛期には全国で半数の漆かきを越前が占めたといわれています。江戸末期には京都から蒔絵の技術、輪島からは沈金の技法も取り入れ、堅牢さに加え華麗な装飾性をも表現した作品が多くみられます。




西陣織、12種の伝統工芸品指定

応仁の乱時に西に陣を取った西軍の拠点地が地名の言われとされています。
この西陣地域で織物生産業を営んでいた綾織物職人集団「大舎人座」が東陣の職人集団「白雲村」と営業権を争いました。永正10年(西暦1513年)の下知により京都での絹生産権を独占し、職人31人が足利家の官となり「西陣ブランド」が確立しました。
明治5年(西暦1872年)にはフランスのリヨンに職人を派遣しジャガード織機を導入しました。

現在、「綴」「経錦」「緯錦」「緞子」「朱珍」「紹巴」「風通」「捩り織」「本しぼ織」「ビロード」「餅織」「紬」の技法が伝統工芸品の指定を受けています。



清水焼、時代に淘汰された京焼物

江戸時代以前には清水焼以外にも栗田口焼・八坂焼・音羽焼・御菩薩池焼など京都の各地で焼物を生産していました。これらを総称して京焼物と呼ばれていました。時代と共に淘汰され現在では「京焼」=「清水焼」となりました。

桃山時代(西暦1573年前後)に茶の湯の普及と共に茶道具、器を作り茶人、宮家・公家、各地の大名やお寺に献上されました。江戸時代(西暦1603年)には野々村仁清や尾形乾山、奥田型穎他の名工が現れその技術、デザインは日本各地に広まって行きました。